2007年7月15日 (日)

杏の思い出

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昨日、近所の八百屋さんへ行ったら杏が売っていました。

そう、今ちょうど杏の収穫期です。

この時期になると、必ずやはり杏を思い出します。
学生の頃、休みを利用して季節労働していた軽井沢のKさんのお店で、大量の杏をジャムにする手伝いをしました。残った種も綺麗に洗って、何かに使うそうで、時間の空いたときでもスタッフのOさんとよく杏の種を洗った事を思い出します。また、軽井沢のあらゆる杏ジャムを購入し、みんなで試食したこともあります。格段と杏の味を感じたのはKさんのジャムとこばやしのジャムでした。Kさんのジャムは杏そのものを引き出していたので酸っぱめでしたが、こばやしのジャムはその酸味を上手く収めバランスのいい味に感じました。それ以外のジャムは全然思い出せないので、ただ単に甘いだけだったと思います。

もうひとつの杏の思い出は、ウルムチーカシュガルートルファンのサバイバル☆バス旅行の時良く食べた杏。
ウイグル産の杏はウマい!
こぶりながら、プチトマトのようで、ウイグル自治区以外ではこのような杏は見かけませんでした。

Kさんのお店で、つまみ食いしたフレッシュな杏も美味しかったよな~
信州から杏を取り寄せてみたいなあ。。。

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2007年2月21日 (水)

あんTunneモサク

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最近よく、高校生のころを思い出しています。

映画に夢中、読書に夢中でした。どうしても観たい映画や、どうしても読み切りたい本の為に、仮病を使って学校を休んだり早退したりしたこともあります。優等生な私でしたから、仮病つかって東京に映画を観に行っても誰にも疑われませんでした。(汗。。)あの当時は「ぴあ」は必需品でしたし(なぜかと言うと窓口で、ぴあを見せれば映画代が安くなったのだ)、本を読んだ感想文を書くノート(ほとんど日記のようでもあったけど)はいつも自分のそばにありました。

世間知らずだったけど、めいっぱい自分に忠実で、自分を楽しんだ頃だったなあ~、なーんで振り返っています。

話は変わりますが、高校生の頃に銀座にある「月光荘」へ時々スケッチブックや8Bの鉛筆を買いに行っていました。
そこにいたおじいさんが、私に「画家になりたいの?」と聞いたことがあります。
「画家じゃないけど、イラストレーターでもないし、でもうーーーん、絵は描きたいけど、動くもをを描きたいし、うーん・・・・」と言いたかったのだけど、言葉にできず、ジーと手に汗にぎっておじいさんを見つめていたのをよく覚えています。
するとおじいさんは「画家になりたいと思えば、画家なんだ」と言いました。
そのとき「自分のモヤモヤしたやりたい事でも、やりたいと思えばきっとできるんだ」と、スカッと風が通り抜けたような思いがしました。

それは今でも、とてもとても思い出深いできごとです。
4年前に20年ぶりに月光荘に行ったとき、当時のおじいさんはすでに他界したことを知りました。
あのおじいさんとの会話は、高校時代の大切な思い出です。

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2006年9月12日 (火)

忘れられないお菓子

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みなさんには「忘れられないお菓子」ってあるでしょうか?

私の場合、高校生の頃ご馳走になったKさんのパウンドケーキが今でも「忘れられないお菓子」です。

Kさんはすでに他界しているので、もう食べる機会はありません。あのパウンドケーキのようなケーキに、今後出会えるだろうか?と思うぐらい他にはないケーキでした。

どんなケーキかというと、味は甘さ控えめで、小麦粉の味がするような感じでした。ラム漬けレーズンやドライフルーツなども入っていたのですが、小麦粉の膨らみや弾力がよく、フランスパンの中身がそのままバターのしみ込んだケーキになっているような。。。食べると、「ザックザクザク・・・」というように。

Kさんがフランスやドイツ菓子に影響を受けて作ったケーキと聞いています。そのパウンドケーキも、フランスの粉で作ったと聞きました。

その後、私が大学生の時、Kさんの手作りケーキ屋さんを何度か手伝った事がありますが、本当に「狂」が付くほどケーキをこよなく愛していました。湿気の多い日本には、日本ならではのお菓子があると、バター中心の焼き菓子を作っていました。フランス粉で作る彼女得意のお菓子はいろいろあったと思いますが、あえて日本の小麦粉でチャレンジしていたのです。

もし今、フランス粉で彼女の得意のお菓子を焼けば、ものすごくヒットするだろうなあ~と。あの頃は、今ほどスイーツに「うんちく」をいう人は少なかったし、おフランス帰りのパティシエなんて聞いたことありませんでしたから、あのケーキの素晴らしさを受け入れる土台はなかったと思いますが、今の東京なら、きっと行列ができるようなヒットになると思います。彼女のあのケーキは「特許」でもとれそうなぐらい今まで食べた事のないの舌触りで、その舌触りとバターのハーモニーが真似できそうで、真似できないケーキだったから。

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2006年4月20日 (木)

同級生は鏡?

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大学3年生のときのゼミ長が俳優をしています。
8年ぐらい前からテレビで見るようになって、最初TVで見たときは腰が抜けるほど驚きました。

そういや彼とは大学2年の時も同じゼミで、ゼミコンパの時も劇団のサークルのため、いつもコンパ終盤にやってくるような人だったっけ。

3・4年生のゼミ選びで、就職の方向が決まってしまう傾向だったのですが、私は一年休学して中国留学を目指していた為、バイトに専念できる軽めのゼミを選んだのでした。
それは「新劇を見て評論するゼミ」。
医療福祉問題とか老人問題とか、硬いゼミの中、異色のゼミでした。
当然選んでくるやつらは変なのばっかりで、楽しかったのですがね。
当時の新劇の話題なものは、結構見ましたよ。

・・・で、そこのゼミ長だった「らっきょくん」は、大学卒業後がんばって下積み積んで俳優になっている~!

彼を応援する意味で、らっきょくんがでるドラマはできるだけ見るようにしています。
ここ数年脇役として、必ずどこかのドラマに登場するので、その活躍ぶりもそうなのですが、今晩彼が脇役として出たドラマを見て、

「年取ったな~」
としみじみ思う私でした。

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2006年4月 9日 (日)

ジャスミンティは~

0408_1ジャスミン茶は「向陽花」マークのお茶!

私は大陸へ語学留学したことがあるのだけど、ちょうど大陸に来た頃このお茶ばかり飲んでいたのだ。友誼商店に売っていた唯一のお茶がこのお茶だったので。。

久しぶりにこのジャスミン茶が手に入った。大缶で頂いたので、とても嬉しい。
ガンガン飲めるしね。

私は中国茶が好きなので、今まで様々なジャスミン茶(香片)を飲んだけど、やっぱりこの香り、この味だよな~って思ってしまう。

このお茶を飲むと、あの時の状況や気持ちやさまざまなことを思い出してしまう。
私はニーハオ@中国さえ言えないくせに、学校を一年休学して大陸に飛び込んでいった特攻隊留学生(?)だったので、最初は環境や中国語に慣れるのに四苦八苦したから。

まず、香港から大陸の留学先まで列車で行ったのだけど、香港の住宅街から~だんだん町並みが消え~平原が見え~薄暗いモノトーンな町並みに入ったとき、
「自分はとんでもないことをしてしまった」と、目を点にしながら広州駅にたどり着いた。
その墨絵のような町並みから、当時日本でも見たことないキンラキンラと耳に三つもピアスをあけている化粧ぱっちりの日本人のお姉さんと、やたら垢抜けたトヨエツ似の中国人の出迎えにどきもを抜かれ、同学年の中文科の達者な中国語に驚き、そしてまるで2-30年前にタイムスリップしたような人々の生活やその世界に圧倒されっぱなしの日々だった。
そして留学先の学校は以前植物園だったところなので、校内はいろんな木々がうっそうとして美しい場所だった。

そんな最初の強烈だった日々を思い出すのが、このジャスミン茶。

18年前の春だ。

あー、もうそんなに月日が経ってしまったなんて。。。と思うけど。。。

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2006年2月27日 (月)

talk トーク talk

0227_1  語りかけは、とても大切な親子のコミュニケーションと思っておりますの。

むずかる時や散歩する時など、私はおしゃべりしたり歌にしたり、そりゃーいそがしく口を動かしている。

もともとそれほどおしゃべりなタイプではなく、
人見知りも手伝ってか、ぺらぺらと自由に話が難しい方だ。
母はもっとおしゃべりの苦手な人だった。母が友人と話すときでさえも、(一応周りの空気を母なりに読んで)やっと振り絞って話すほど。しかも天然なので、やっと出た言葉は、面白可笑しく聞こえてくる事ばかり。しかし、本人は大真面目、っていったタイプ。
私が大人になって、世の中のおばさんというのはとてもとてもおしゃべりなんだということを知った。
なんであんなによくしゃべるんだ?
話は膨らむし、捏造して話しているんではないかと思うぐらい、話題に事欠かないようだし、同じことを繰り返し繰り返し、壊れたテープのようだし、、、
でも、そんなおばさん達はおしゃべりがとてもとても楽しそうだということ。
母はそんな楽しさを知らないけど、洋裁で自分の世界に浸る事が大好きでそれが楽しい人だった。夫は初めて私の母に会ったとき、
「アーティストと自覚していないアーティストだね」と言った事がある。

子供の頃は母親がよく分からなかった。
母もあまり話すことはなかったし、私が学校のことを話したり友人の話をするとなにかと叱られる事が多かったと思う。(というのも、学校が面白くナ~い、とか言っていたからだけど)

会話が比較的乏しかったように思う母子だけど、私が大人になってから結構仲がよかった。
私はなんでも母に話して、母はなんでもスッポリ受け止めてくれ、なんでも良く聞いてくれたから。
でも、私は子供の頃もっと母とおしゃべりしたかったな。

なので、普段の私以上に息子に話しかけている感じがする。
語りかけ~、なーんて大げさなもんではないんですけど。

散歩しているときなんかは
「ムスムスー、今日は空が青いよ~、もうすぐ春だね、春がきーた♪~・・・(替え歌が延々続く)」
「ムスムス、ムタタタ、ムチチチ、ムツツツ、ムテテテ、ムトトントン、タ行に乾杯♪」
とまあ、適当にリズム作って、なんだか分けわからんトーク炸裂。

そしてムスムスはだんだん寝てしまう。

語りかけは、とても大切な親子のコミュニケーションと思っておりますの。(のほほほ・・・・)

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